バティックの美

いまやハワイで最も愛される画家の一人であるイヴォンヌ・チェンさんのアートの旅は、半世紀以上前、ビショップ博物館でバティック染めのクラスを受講したときに始まりました。

ジョシュ・テンガン
写真
マーク・クシミ
翻訳
鷽野珠良

イヴォンヌ・チェンさんのアートはホノルルで花開き、変化に富んだ道をたどってきた。 大きな画面にポリネシアの女性たちを描く作品で知られるチェンさんは、現在79歳。 その作品はモザイクの壁画としてハワイのさまざまな公共建築を飾るものから、個人のコレクションとして購入されるものまでさまざまだ。 チェンさんの仕事は絵画のみにとどまらず、驚くほど多彩で、これまでに手がけたプロジェクトには、たとえば、マウイ島グランド・ワイレア・リゾートのチャペルのステンドグラスやカハラ・スポーツウェアのテキスタイル、とあるハワイ企業のCEOのオフィスと専用ジェット機のインテリアデザインなどもある。
アーティストとして半世紀以上活動してきたチェンさんは、今もほぼ毎朝、マノアにある庭のアトリエで制作に取り組んでいる。 ある土曜の朝、私はチェンさんを訪ね、涼しいマノアのそよ風が吹き抜ける庭でペストリーと紅茶をいただきながら、アートと豊かな経験に満ちた半生の物語に耳を傾ける機会に恵まれた。
チェンさんは1941年、東ジャワのスラバヤで生まれ、インドネシアの首都ジャカルタで育った。1940年代は第二次大戦が勃発した混乱の時代で、インドネシアは日本軍に占領された。 幼かったチェンさんの記憶には、日本軍の強制収容所に連行されたことが刻まれているそうだ。 オランダ王国の植民地だったインドネシアは大戦後すぐに独立を宣言し、4年にわたる血なまぐさい戦争を経て、1949年に正式に独立を獲得する。
チェンさんは戦後も10代までオランダ式の教育を受けた。「非常に厳格」で、当然ながらヨーロッパ中心の世界観にもとづいた教育だった。 「 まったくおかしなことに、オランダの歴史はこと細かに勉強させられたのに、インドネシアの歴史はほとんど教わらなかったんですよ」とチェンさんは振り返る。 幼い頃から美術やデッサンに親しんでいたチェンさんの人物描写力には、レンブラント、フェルメール、ゴッホといったオランダの巨匠たちの作品をじっくり学んだ成果があらわれている。 しかし、彼女のアーティストとしてのキャリアが開花したのは、当時の夫と共にマサチューセッツ州のケンブリッジで政治難民の申請をし、1967年に夫婦でハワイに身を落ち着けてからだった。
ホノルルで暮らし始めたチェンさんは、ビショップ博物館で行われていたバティックのクラスに参加した。 バティックはジャワ島に伝わる更紗で、インドネシアでは正装に用いられる。 チェンさんにとっては馴染み深いものだった。 故郷から何千マイルも離れた土地でバティックという手間のかかるろうけつ染めの技術を勉強するのは、自らの伝統文化を改めて学び直す体験だったという。チェンさんは同時に、ビショップ博物館に展示されていたオセアニアの布地にも惹きつけられた。 おもにワウケ(紙の材料となるコウゾの仲間)の木の皮から作られる「タパ」は、南太平洋諸島全域で見られる。 サモアでは「シアポ」、トンガでは「ンガトゥ」、フィジーでは「マシ」と呼ばれ、ハワイでは「カパ」という名で、衣服や寝具として使われるほか、宗教儀式や埋葬にも用いられていた。 チェンさんは、精緻な幾何学模様のデザインと、叩く工程で布そのものに繊細な透かし模様をつけていくハワイのカパ特有の技術に目をみはったという。
1960年代後半から1970年代にかけて第二次ハワイアンルネッサンスが興隆し、マリア・ソロモン、プアナニ・ヴァン・ドープ、マリー・マクドナルド、モアナ・アイズリーといったアーティストたちによって、1890年代以降失われたと考えられていたカパ制作の技術が再発見された。 チェンさんが自らの芸術表現を磨いたのもちょうどそのルネッサンス期で、チェンさんは故郷のバティック更紗にタパの美しいパターンを組み合わせるスタイルを生み出した。 そうした傑作の一部は現在、ハワイ州のパブリックアートコレクションやハワイ大学のハミルトン図書館などに展示されている。 1980年代を通してバティック制作に打ち込んだ後、チェンさんは絵筆を取ってキャンバスに向かい、染めものに比べて力仕事を必要としない絵画制作に取り組みはじめた。
以来、チェンさんは、パウ(スカート)やキヘイ(ケープ)、キケパ(サロング)といったカパをまとった昔日のポリネシア女性たちを描き続けている。 浅黒い肌の堂々たる女性の身体を、幾何学模様のカパが包む。 その姿は作品から浮き上がって見えるほど力強く、ハワイの神話に登場する女神たちのように、官能的で優雅で、神々しいほどの威厳をもって見るものの視線を釘づけにする。 チェンさんが現在取り組んでいるのは、アトリエで行う個展のための新作だ。 イーゼルにたてかけられた4フィート四方の正方形のキャンバスには、緑豊かなコオラウ山脈を背景に伝統的なドレスに身を包んだハワイの女性が描かれている。 チェンさんの庭から山々の方を望めば、雲ひとつない空の下、よく似た景観が広がっている。 チェンさんの目には、そこに彼女が想像の中から呼び起こす風格ある女性たちの姿も映っているのかもしれない。

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ホノルルに引っ越して以来、チェンさんはクワ科のカジノキの樹皮から作られた布“タパ”のようなオセアニアの島々の不織布に魅了されている。

チェンさんは、パウ(スカート)やキヘイ(ケープ)、キケパ(サロング)といったカパをまとった昔日のポリネシア女性たちを描き続けている。

チェンさんは絵筆をとってキャンバスに向かうまで、1980年代を通してバティック制作に打ち込んだ。

その姿は作品から浮き上がって見えるほど力強く、ハワイの神話に登場する女神たちのように、官能的で優雅で、神々しいほどの威厳をもって見るものの視線を釘づけにする。

50年以上アーティストとして活動するチェンさんは、今もほぼ毎朝マノアのガーデンスタジオで絵を描いている。

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